「ねえ」　瑠音が、ふいに不安げな声を上げたのは、本屋さんに向けて、ふたりで歩いているときだった。 「あやしいよ。うしろの“犬を連れている、お年寄りの方”」
　帽子をかぶってサングラスをかけているお年寄りの方が、犬を連れて30mほど後ろを歩いているのが見える──。
「どうして、そう思うんだい？」と僕。
「だって、さっきから、ずっと私たちのあとをついてきている気がするから──」
「──気のせいでないかい？　僕には、全然あやしく見えないよ。目の不自由な方が盲導犬を連れているようにも見えるよ。
　──きっと、たまたまだよ」
「そうかしら──」
「──じゃあ、試しに、次の交差点で右に曲がってみようか」
「そうね」
　右に曲がってしばらく歩いて振り返ると、相手も右に曲がった。
「ほらほら」
「──じゃあ、今度は、左に曲がってみよう」
　左に曲がってしばらく歩いて振り返ると、相手も左に曲がった。
「ほらほらほら！」
「ええ！？」
「ね？　そうでしょ？」
「私たち、尾行されているのかしら──」
「──尾行！？」
　そこで、僕は、念のため、ある提案をした。
「じゃあ、走ってみようか？」
「え？　──そうね」
　僕らは、走り始めた。
　すると、なんと、その老人と犬も走り始めた。
「なんで！？」と僕の驚き。
「キャー！」と瑠音の叫び。
　何で、むこうも走るんだ！？
「ハア、ハア、ハア、ハア…」 「ハア、ハア、ハア、ハア…」
　何十メートル走っただろう？
　しばらくすると、犬が解き放たれた。
　！！！
　犬だけが猛スピードで、近づき始めた。
　20m、15m、10m…
「キャー！！」 「うおー！」
　！！！
　あまりの驚きのせいで足もとがもつれて、うまく走れなくなった。
と思ったら、僕だけ、そのまま地面に転がり、寝そべってしまった。
　５m、３m、１m…
「イヤァァー！！」 「うおぉぉー！！」
　僕に飛びついた、その犬は──
　僕の顔を、ペロペロと、なめ始めた。
　よく見ると、ランプベリーだった。
「ランプベリー！」と僕。
「ランプベリー！？」と瑠音。
　しばらくすると、お年寄りの方が、近くにたどり着いた。
　帽子を取ってから、サングラスを取った。
　岬のおじいさんだった。
「おじいちゃん！」
「おじいさま！」
「おう、応援しにきたぞ！　久しぶりじゃのう。
　──どうして、逃げるんじゃ？」
「っていうか──　まぎらわしいことしないでくれよ！！」
　──パッと目を覚ました。しばらく呆然とした。