「私の場合、一番大きな“ライフ育ての材料”は、 ──私自身の人生かな」　彼女は少し照れながら言った。
「え？」
「私、以前、自分が望む“ライフのあり方”を見つけたくて、いろいろな人生を参考にしていた時期があったわ。小学生のときの、その先生の人生はもちろん、家族や友人の人生、本や歌詞、映画やテレビの中の人生…を含めて、本当にいろいろ。
　でもね、私、最終的に気づいたの。私は、私自身の人生を見失っちゃ、元も子もないんだなって」
「──」　心の中で『In　Out』を意識していた。

　もし、自分自身の人生を材料にすることをせず、誰かの人生を材料にするだけだったら、自分のライフを見失ってしまう？

「──もちろん、自分自身以外の人生も、とても大切だし、すてきで貴重な材料になりうるわ。
　ただ、“ライフ育ての材料”は、その根本部分に“自分自身の人生”があって初めて本物になると思う。だって──　私の“体験や思い出、将来への想い…”が、私の源泉なんだもん。
　私は私らしく、子どもたちのための教師になりたいな。
　大好きだった先生自身が、そうであったはずであるように──。
　それが、私の本当の自己実現なんだと思う」

　そうだ。僕は大切なことを忘れていた。

　おいしくて心地良くて満足感を与えてくれるフルーツみたいな何かを生み出すこと。フルーツみたいな存在になること。

　それが、僕自身の理想のライフであったこと。
　それが、かつて、漠然と思い描いていた将来の夢であったこと。

　そうだ。
　学問をして、ただ、新しい発見をしながら思う存分生きるだけじゃイヤだ。

　学問の成果が、フルーツのようなおいしさにつながってほしい。
　その取り組みの先に、フルーツがもたらすような心地良さや満足感があってほしい。

　学問を通じて、自分らしいフルーツを生み出すこと──
　それこそが、僕にとっての本当に実現したい夢だ。

　僕は僕らしく、すべてのライフのための学者になろう。
　湯川秀樹自身が、そうであったはずであるように──。
　それが、僕の本当の自己実現──自分らしいフルーツの現出なんだろう。