そのときの僕は、海の中を華麗なクロールで泳ぎ──
　彼女のそばにスムーズにたどり着くと、彼女を優しく抱え──
「もう、大丈夫だよ」　そう言葉をかけて、安心させた。
「あ、ありがとう──」　彼女は感謝した。
　そうして落ち着きをとりもどした彼女に、僕の肩辺りを背後からつかんでもらうと、僕は、そのまま岸へ向かって泳ぎ始めた。
　ライフセーバーとして見事に活躍して彼女を助けているという状況が、うれしいインパクトを僕に与えつつあった。
　そのときだ。
「あ、あれは何？」　彼女が不安そうな声を発した。
　立ち泳ぎを始めながら、その視線の先を探ると──
　20mくらい先に、大きな背びれらしきものが水面上に突き出ているのがわかった。
「もしかして──　サメ？」　彼女の不安そうな声。
「──え？　イ、イルカとかじゃない？」と僕。
　15mくらいに距離が縮んだ。
「こっちに近づいているね」と彼女。
「ああ」
「やっぱり、イルカなのかな？」
「──」　僕は背びれから遠ざかるべく、彼女につかまってもらいながら、急いで泳ぎ始めた。本能的に、そうすることに決めたのだ。
「ねぇ、どうして逃げるの？」
「だって、サメかもしれないし──」
「え？　やっぱりサメなの！？」
　彼女は僕に抱きついてきた。彼女のぬくもりが水着越しに伝わる──。　！！！
　僕は必死に泳いだ。岸に向かって──。
　けれど、背びれは、僕らを上回るスピードでぐんぐん近づいてきた。
　なぜか、映画『ジョーズ』のテーマ曲が流れている──。
　10m、7m、5m、3m…
「ああ！　もうすぐそこまで来ているわ！」
　つかまる彼女の腕にも力がはいる──。
　僕は、あせりながらも、彼女を救うべく、彼女の盾になるようにくるりと向きを変え、彼女と背びれの間に入った。
　100cm、70cm、50cm、30cm…
「イヤァァー！」＆「うぉぉぉー！」　彼女と僕は、ほぼ同時に叫んだ。彼女は、これまで以上に強く僕に抱きついた。

「カ〜ット！」　突然、誰かの大きな声が響き渡った。
　見回すと、周囲が学校のプールに変わっていた。
　え！？　いつの間に──
　僕は足をプールの底につけた。何が何だかよくわからない──。
「はい、なかなかよろしい！　いい感じだったよ」　その声の方を見ると、なんと映画監督の姿をしている岬のおじいさんがいた。
　ええ！？
　背びれの方を見ると──　そこには、犬かきをしているランプベリーの姿があった。背びれの形のおもちゃのかぶりものを胴体に取りつけている──。
　ランプベリー！　・・・
　ランプベリーはプールサイドに上がるとスタッフに背びれを取り外してもらい、それから、しっぽを振りながら、おじいさんのところへ駆け寄った。「よーし、よしよし、なかなかの名演技だったよ」　そう言いながら、おじいさんはランプベリーの体をタオルで拭いてあげている──。
　オレたちではなく、ランプベリー！？
　大勢の人がプールサイドにいることに、僕らは気づいた。
　彼女は抱きしめていた腕をほどくと、プールの底に足をつけた。見ると、恥ずかしそうに桃色の顔をうつむかせている──。
「よかったぁ。無事で──」　彼女は心底ホッとしたように、心笑みながら言った。 ──かと思うと、彼女は気を失い、力の抜けた体を僕の方に預けてきた。
「え？　大丈夫？　大丈夫？　大丈夫？　…」