その翌日は、お昼頃まで、実家のベッドの上で横になっていた。
　ふいに、フワリフワリと浮かぶコンパースの存在に気づいた。
「お久しぶりで、ございますぅ♪」　コンパースの第一声。
「おお、久しぶり──」
「ご一緒に、はるかなる旅にでかけませんかぁ〜♪」
「はるかなる旅？──」
「そうですともぉ♪」　コンパースは、ひとまわり拡大して、僕がその上に乗るのを促した。
　僕は、この際どうにでもなれと半ばやけくそで、素直にコンパースの上に四つん這いになった。
「しっかりつかまっているのでございますよぉ♪」　そう言うや否や、開いている窓から飛び出した。
「う〜、わっ！！」

　家の外に出たコンパースは、まもなく、上へ上へと上昇し始めた。
　家が遠ざかる、公園も遠ざかる、森も遠ざかる、川も遠ざかる、砂浜も、岬も、海も、陸地も、雲々も、大洋も…遠ざかる。
　さすがに不安になってきた。もし、ここから落ちたりしたら…
「いったい、いつまで昇り続けるんだい？　──大丈夫？」
「大丈夫でございますよぉ♪」　さらに遠ざかり続けるコンパース。
　地球の丸みがどんどん増し続け、とうとう、まん丸い、青くて白い地球全体が視覚に入った。
　太陽を背にして見える、青く白い地球──。
　息をのむような美しさだった。

　体重が感じられなくなり、体がフワリフワリしている──。コンパースとほぼ接せずとも、落下する不安はすっかり消え失せていた。
「──あれ、空気は？　僕の呼吸は？」
「大丈夫でございますよぉ♪」
「私もいるからよ♪」　コンパリーチェの登場。合計２枚。
「リーなもいるからね♪」　元コンパルンクルの登場。合計３枚。
「拙者もいるからでごわす」　元コンパランクルの登場。合計４枚。
「私もいますからね♪」　元コンパリンクルの登場。合計５枚。
「オレもいるじぇーい♪」　元コンパロンクルの登場。合計６枚。
「私もいますよ♪」　元コンパレンクルの登場。合計７枚。
　７枚のペーパーコンパスが登場したかと思うとみんなが互いに部分的に重ね合わさり、僕を美しい繭のように包み込んだ。その中で呼吸できると安心したのもつかのま、それらは、透明になった。
　──すると、僕の衣服も身体もすべてが透明になった。 　？？？
　地球のはるか上空で呆然としていると──
「はるかなる旅は、ここから始まるのですぅ〜♪」　コンパースが声を響かせた。

「ええ！？」　僕の声も響いた。
　さらに遠ざかると、太陽光に照らされている月が見えてきた。
　地球と月と太陽から遠ざかり続けると、ほかの惑星たちも見えてきて、太陽系全体が視界に入った。
「太陽系だ──」　思わず、つぶやいた。
　さらに太陽系から遠ざかると、太陽系が１つの輝く点として見えるほどになった。
　さらに遠ざかると、別の光る恒星がいくつか目に入った。
　この１つ１つの輝く点が、それぞれに、いくつかの惑星を抱えているのだろう。太陽系のように──。
　さらに遠ざかり続けると、どれが太陽系か全く見分けがつかなくるほどの無数の輝く恒星が目に入るようになった。
「天の川──」
　さらに遠ざかると、銀河系全体が渦を巻いているのが見えた。
「すげえ。銀河系の渦だ──」
　これらの無数の輝く星々の中で、たった１つが太陽系なのかあ。
　さらに遠ざかり続けると、となりのアンドロメダ銀河が見えた。
　かと思うと、複数の銀河の群れ──局所銀河群が見えた。
　さらに遠ざかり続けると、無数の銀河群の集まり──超銀河団が見えた。
　このとき、銀河系は、すでに１つの輝く点に見えるほどになっており、どれが銀河系か見分けがつかなくなっていた。
「すごすぎる──」　この無数の輝く点々の１つ１つが銀河系に匹敵する存在なのかあ。　…
　さらに遠ざかり続けると、巨大な泡のような宇宙の大規模構造が見えてきた。
　さらに遠ざかり続けると、とうとう宇宙の大規模構造さえ小さな１つの輝く点に見えるほどの辺境の地、宇宙の果ての果ての果てまでたどり着いた。

　その唯一の輝く点以外は、すべてが真っ暗闇だった。
「コンパース──」
「なんでございましょうか♪」
「さすがに遠ざかりすぎじゃない？　もし、このまま遠ざかり続けて、あの輝きが見えなくなったら、一体どうなるの？」
「そうでございますねぇ♪　あらゆる方向がすべて、完全に真っ暗闇になってしまうのでございますぅ♪」
「完全に真っ暗闇？　そうなったら、どうなるの？」
「帰れなくなってしまうのですぅ♪」
「──ええ！？」　・・・　「帰れなくなったらどうなるの？♪」
「われわれは、永久に、この真っ暗闇の中で漂い続けるのですぅ♪　自由空間は果てしなく広がり、自由時間も限りなく延びるのでございますぅ♪　実際、時間の流れが永遠に止まってしまったかのようになってしまうのですぅ♪」
「暇で暇でしかたなくなってしまうじゃん」　・・・　「──だったら、あの輝きは絶対に見失っちゃダメじゃん」
「その通りなのでございますぅ♪　ですので、今のところ、あの輝きが見える範囲にとどまり続けているのでございますぅ♪」
「今のところ？」
「もし、あなた様が、お望みになるのならば、見失うこともできるのでございますよぉ♪」
「そんな──。そんなこと、望むわけないじゃん──」
　何なんだろう、この気持ち──。このモヤモヤした気持ち──。
　しばらくの間、このモヤモヤした気持ちを整理してみた。
　はるか彼方の、あの輝きの一点の中の奥の奥の、さらなる奥の中にある銀河系の渦の中のごく一点である太陽系の中の地球上で、僕は暮らしていた。
　さんざん、失敗して、イヤな思いをして、恥ずかしい思いして、傷ついて、つらくなって、悲しくなって、せつなくなって…。
　ところが、今は、そんなしんどさが皆無な、はるか彼方の辺境の場で、限りない自由空間と、限りない自由時間を手に入れることができそうになっている。
　いっそのこと、何もかも、あらゆるしがらみから解放されて、このままとどまり続けてしまおうか？
　永遠の時間の中で──。どこまでも果てしない空間の中で──。
　限りない自由の中で──。
　──いや、待てよ。
　退屈で退屈でしかたない暇あふれる永遠の自由時間に意味や価値があるのだろうか？
　──そうすると、“有限の自由時間”と引き換えに、僕らは、飽きることのない地球で生きていたってことなのだろうか？
　バラエティに富んでいる楽しみにも満ちている地球で──。
　さまざまな喜びにもあふれている地球で──。
　いろいろな輝きにもあふれている地球で──。
　…　──丸みを帯びた地球の輝き、瑠音と見た海面の輝き、ランプベリーと見た川面の輝き、おじいさんの相棒であった丸い石“アインシュタイン”の輝き…が心に浮かんだ。
　どれくらいの時間が経ったのだろう。コンパースが口を開いた。
「これから、どこへ行きたいでしょうかぁ？」
「え？　──って、どこへも行けるの？」
「どの銀河団へも、どの銀河へも、どの恒星系へも、どの惑星へも…
どこへも自由に行けるのですぅ♪
　好きに選ぶことができるのでございますよぉ♪
　地球より、はるかに平和で住みやすい快適な惑星、地球より、はるかに大勢の、心健やかな仲間が住んでいる場所が、無数にあるのでございますよぉ♪」
「無数に──」　・・・
「その中の１つで暮らせば、地球で暮らすより、はるかに快適に」
「地球へ帰りたい。──地球へ帰郷したい」
「なぜなのでございましょうかぁ〜♪」
「地球がわが家だから、地球がマイホームプラネットだからだよ。
　故郷の地球で生きている大好きな家族──僕の小さな家族はもちろん、地球というでっかな家で暮らす大きな１つの家族と一緒に、地球を、宇宙一健やかに暮らせる、宇宙一快適な場所にしたいから。みんな一緒に力を合わせて、健やかな全人類レベルのライフを誕生させながら──。健やかな天体生態系社会レベルのライフの一員化を果たしながら──。何億倍も何兆倍も、うれしさを感じながら──」
「──ほういほういほうい〜♪　かしこまりましたですぅ〜♪」
　それから、逆向きのズームインする旅、帰郷の旅が始まった。
　母なる宇宙の大規模構造。
　母なる超銀河団。
　母なる局所銀河群。
　母なる銀河系の渦。
　母なる太陽系。
　母なる地球。
　太陽を背にフワフワ浮かびながら、青と白に包まれた美しい地球、マイホームプラネット全体を眺められるポイントにたどり着いた。
　コンパースらは、ここで、しばらく静止した。
　すると、いつしか、身体も衣服も、色を取り戻した。
　コンパースたちも、いつしか色を取り戻し、繭の形を解いて、７枚に分離し、それぞれ自由になった。
「ただいまですぅ〜♪」「ただいまあ〜♪」「ただいまだね♪」
「ただいまでごわす」「ただいまですね♪」「ただいまだじぇーい♪」「ただいまですよ♪」
　それから、７枚は完全に重ね合わさり１枚になった。僕は、その上に四つん這いになると、「それでは、参るでございますぅ〜♪」　コンパースは、下へ下へと、ゆっくりゆっくり降下し始めた。
　かつての悪夢とは対照的に──。　ああ、いい夢だなあ。
　“ココエのりんご”の新たな実証実験をしているかのように──。
　雲、海、陸地…　岬、砂浜、森、川、公園、家々…　そして、ついに実家、自分の部屋へと帰ってきた。　──そこで、コンパースから降り、あいさつを交すと、そのままベッドの上に静かに横たわった。
　──かと思うと目覚めた。コンパースは、どこにもいなかった。
　しばらく呆然とした。
　どこまでが現実で、どこまでが夢なのか、そんなことは、もう、どうでもよくなっていた。
　夢であろうと想像であろうと思考であろうと空想であろうとファンタジーであろうと… ──何であろうとも、『アタマ』の方向にあるはずの“それ”から何かを学べることは確かだろう。
　“それ”が何であろうが、もう関係ない。
　広い広い宇宙の中に、せまいせまい地球が存在していること──。
　長い長い宇宙の時間の流れにおいて、短い短い一人一人の人間の一生、それこそ“たまゆら”な一生が繰り広げられていること──。
　これらは、ゆるぎない事実だ。
　広大な宇宙空間にある、狭小なオアシスである地球を、互いに争い続ける場として浪費することが、どんなに愚かなことか──。
　悠久の宇宙時間における、せっかくの一瞬のきらめきである一生を、互いに争い続ける機会として浪費することが、どんなにバカげたことであるか──。
　せっかくの、ありがたい、この地球における空間や時間を、悲しみ、苦しみ、不快さ…のためだけに浪費するなんて──
　もったいない。 もったいなさすぎるよ。 …
　どうせなら、喜びや楽しみ、心地よさや快感…が、何十倍何百倍、いや、何千倍何万倍、何億倍何兆倍…にも増幅することのためにこそ──　このかけがえのない空間や時間を使いたいよ。
　Against All Life 路線を脱して、For All Life 路線を貫いていたいよ。Against All Life 路線を脱して、For All Life 路線こそを貫いていてほしいよ。
　For All Life の境地、いつもここから始めていれば、社会人のときの心笑君のように、いつも心笑をたたえ続けられる。
　For All Life の境地が広まり続ければ、健やかな全人類レベルのライフが誕生し、健やかな天体生態系社会レベルのライフの一員化が果たされる境地へ、いつかここへ地球人類も、たどり着ける。

　いつもここから、いつも心笑！
　いつもここから、いつも心笑！
　いつもここから、いつも心笑！

　いつもここから！
　　いつも心笑！

　いつもここから！
　　いつも心笑！

　いつもここから！
　　いつも心笑！

　いつも心笑をたたえられる、For All Life の境地が広まり続ければ、
　病んでいる者へも　健やかな者へも
　未熟な者へも　成熟している者へも
　心貧しき者へも　心豊かな者へも
　持たざる者へも　持っている者へも
　男性へも　女性へも
　子どもたちへも　大人たちへも　お年寄りたちへも
　苦労多き者へも　安らぎ多き者へも
　悲しみ多き者へも　楽しみ多き者へも
　悲観的な者へも　楽観的な者へも
　えらくない者へも　えらい者へも
　アマチュアな者へも　プロフェッショナルな者へも
　フォロワー的な者へも　リーダー的な者へも
『カラダ』的な者へも　『アタマ』的な者へも
『イマ』を生きている者へも
『ミライ』を生きる者へも 『カコ』を生きた者へも
　…
　いつも心笑をたたえられる、For All Life の境地が広まり続ければ、
　いつか、健やかな全人類レベルのライフが誕生する境地──
　いつか、健やかな天体生態系社会レベルのライフの一員化を果たす境地──　いつかここへ、たどり着けるんだ。
　いつもニコニコ心笑を生む、For All Life の境地が広まり続ければ、
　みんなに共有され続ければ──　いつかここへたどり着けるんだ。

　For All Life の境地が広まり続けて
　　健やかな全人類レベルのライフへ！
　For All Life の境地が広まり続けて、健やかな
　天体生態系社会レベルのライフの一員化へ！

　For All Life 路線の境地が広まり続けて、
　　いつかここへ！！
　いつも心笑が広まり続けて、いつかここへ！

　For All Life！　いつもここから！
　いつも心笑！
　　みんなに広まり続け！　いつかここへ！
　For All Life！　いつもここから！
　いつも心笑！
　　みんなに広まり続け！　いつかここへ！
　For All Life！　いつもここから！
　いつも心笑！
　　みんなに広まり続け！　いつかここへ！
　 …