高校を卒業して間もない雪解けの季節──　コンパリーチェとの別れの日を迎えた。

　赤ちゃんペーパー・コンパスは、まだ産まれていなかった。

　そのとき、僕とコンパリーチェは二階の部屋にいて、僕ら以外は誰も家にいなかった。
「アハッ。 落ちたんだよ」　コンパリーチェには、それまで報告していなかった。
「ええ！？」　コンパリーチェは、しばしプルプルと震え──　それから、 「ああ、わたしのせいだ」と言った。
「バーカ、そんなわけないじゃん。これは僕自身のせいだよ。“僕に、もっと実力があればよかった”ってことなんだ。
　──まあ、人生長くやっていれば、いろいろあるさぁ。
　アッハッハッ！」
「ズズー、ズ、ズ…　ヒィック、ズズー…」
「感謝しているよ。おかげで、この3年間、すっげえ楽しかったし──　幸せだった。
　こんなに彼女と仲良くなれたのも、こんなに勉強がはかどって成績が伸びたのも… みんな君のおかげでもあるんだよ。
　──ありがとう」
「グスン、グスン、ズズー、ズ…　きっと、すてきなパラダイム・マスターになれるよ。ズズーズ、ズズー　ヒィック、ズズー…　 夢が叶うように、応援しているからね。
　間に合えば──」
「──間に合えば？」
「あ、ううん、いいの。
　──あ！　もうそろそろサヨナラの時間。
　これから、いっぱい、いっぱい、いーっぱい、うれしいことがありますように──」　そう言うと、コンパリーチェは僕の顔にペッタリまとわりついた。
「く、苦しいって。おなかの赤ちゃん、大事にしないと」
「いいの。安定期だから大丈夫なの」
「そういう問題じゃないだろ？」
「いいのよ」　顔にペッタリ。
「よくないよ」
　そのときだ。
　──トゥルルルー♪　──トゥルルルー♪　…
　一階の電話が鳴り出した。

「あっ、電話。誰かしら？」　そう言いながら、コンパリーチェは離れた。　──トゥルルルー♪　…
「ゴメン。すぐ戻るよ」　そう言いながら、僕は部屋を出ようとした。
「あっ、ちょうど、もう時間。
　じゃあね。バイバーイ♪　お元気で〜♪」　コンパリーチェは、そうあいさつした。
「じゃあ、お元気で、さようなら。 ──って、すぐ戻るよ！」

　僕は急いで階段を駆け下りると──　電話の受話器を取った。「ハイ、夏岬です。 ──ハイ、そうです。 ──ハイ、ハイ、ハイ　え！？　ハイ、ハイ　──ハイ！　ありがとうございます！　──よろしくお願いいたします！　失礼いたします」
　──ガチャ。　僕は受話器を置いた。

　それから僕は勢いよく階段を駆け上がった。
　ダッダッダッ…

「ご、合格だってさ！　辞退者が出たからって」
　よく見ると、コンパスの針の絵も『On　Off』の文字も、すっかり消えていた。
「──」　　・・・　　しばし呆然──。

　全身の力が抜けた僕は、そのままヘナヘナとひざまずいた。
　　こ、これで──　いいの？


　とにもかくにも──
　こうして僕にも春が来た。