「おじいちゃんは、ずっと前から、あの辺りに住んでいるのかい？」　深く考えずにコンパースに尋ねてみた。
「そうでございますとも〜♪
　これまでの多くの年月は、今と同じ家で、愛する妻と一緒に暮らしていらっしゃったでございますぅ〜♪」
「“暮らしていらっしゃった”って──　え？　今、奥さんは？」
「数年前に、お亡くなりになられてしまったでございますぅ〜♪」
「ええ！？」

　あの陽気なおじいちゃんが、奥さんと数年前に死別していたなんて──。 　・・・

　それでも、希望を見出してショックをやわらげるべく、質問を再開した。
「子どもや孫たちは?」
「はい、赤ちゃんは、授かったでございますぅ〜♪
　いいえ、赤ちゃんは、授からなかったでございますぅ〜♪」
「え？　どっち？」
「ご夫婦は、赤ちゃんをとてもお望みになりました。妊娠するという形では、何度か授かったでございますぅ〜♪
　抱っこできる赤ちゃんとしては、授かることができなかったでございますぅ〜♪」
「──」　ええ！？　・・・

　ショックがやわらぐどころか、さらなるショックを受けた。
　どんなにか、つらかっただろう？
　どんなにか、せつなかっただろう？
　どんなにか・・・

　あのおじいちゃんが──
　あんなに陽気なおじいちゃんが──
　これほど深い心の傷を負っていたなんて──。

「あの丸い石は、ふたりの間の子どもの代わりにしまょうと、生前の愛する奥さんからのプレゼントだったでございますぅ〜♪」
「──」　・・・
「彼は、子どもたちや若者たち… み〜んながみんな、めんこくてたまらないでございますぅ〜♪」
「──」
「彼は、子どもたちや若者たちと出会ったり、道ですれちがったりするたびに、人知れず、“幸せに生きるんじゃぞ”と心の中でつぶやいておられるでございますぅ〜♪　昨年、岬であなた様と出会われたときも、例外でありませんでしたでございますぅ〜♪　少なくとも、立てた親指を前後させて、頭を少し傾けながら、心笑みかけていたときも、そうだったですぅ〜♪
　こういったことに、われわれが気づいておりますことを、彼自身は全くご存じないでございますぅ〜♪」
「おじいちゃん──」　おじいさんを見る目が大きく変わったのを感じながら、そうつぶやいた。

　おじいちゃんの過去を知ってショックを受けたことはもとより、過去や未来について話せるようになったコンパースとの会話が少しコワいような気がしたこともあり、しばらくの間、コンパースとの会話を控えることにした。