雪解けの季節──

　コンパルンクルとの別れの季節を迎えた。

　その日、晴れわたる空のもと、コンパルンクルと瑠音と僕は、大学から最も近い海の砂浜に来ていた。

「父と母があいさつしたいって──」　さびしげなコンパルンクル。
「娘が大変お世話になり、ありがとうございましたですぅ〜！♪」　父コンパースの声の声が響くと同時に、フワフワ浮いているペーパーコンパスが、なんと、２枚に増えた。
「娘が大変お世話になり、本当に、ありがとうございました。
おかげ様で、こんなにスクスク育って──。あなた、やっぱり、よかったわね♪　おふたりにお願いして」　母コンパリーチェの声が響くと同時に、フワフワ・ペーパーコンパスが、なんと、合計３枚に増えた。
「ええ、そうでございますねぇ〜♪　コンパリーチェ♪」
「──。それから、兄と姉、弟と妹もあいさつしたいって♪」　少し明るくなったコンパルンクル。
「兄のコンパランクルでごわす。妹が大変お世話になり、ありがとうございましたでごわす」　威厳あり。合計４枚に増えた。
「姉のコンパリンクルです。妹が大変お世話になり、ありがとうございます♪」　清楚さあり。合計５枚に増えた。
「弟のコンパロンクルだじぇーい。お姉ちゃんが大変お世話になり、どうもありがとうだじぇーい」　わんぱくさあり。合計６枚に増えた。
「妹のコンパレンクルですよ。お姉ちゃんが大変お世話になり、どうもありがとうですよ♪」　愛嬌あり。合計７枚に増えた。
　個性あふれるみんなのあいさつに圧倒されて、返答に困っていると、父コンパースが口を開いた。
「──あ、それでは、そろそろ、お時間でございますぅ♪」
「──」　黙り込んでいる娘コンパルンクル。
「──あいさつ、するでしょうか？」　父が娘に促した。
「──。 今まで──　いろいろ──　アリガ──　トウモロコシ！　キャキャキャ！♪」
「こらこらですぅ〜！♪」
「キャハハ♪　どうもありがとーう！　今まで、本当に、いろいろお世話になりましたぁ♪　お姉ちゃん大好き♪」　彼女の頬にペッタリくっついた。
「──」　はにかみながら心笑む彼女。
　コンパルンクルは彼女の頬から離れると、今度は──
「お兄ちゃん大好き♪」　僕の額にペッタリ──。
「あ！？」　意表をつかれて、あせった。

　そうして──
　僕の額から離れたコンパルンクルは言ったんだ。
「おふたりさん、いつか結婚してね〜♪
　ラブラブになって幸せを増やしてね♡♪
　そうして、ずっと、ずっと、ドキドキ・ウキウキ・ワクワク・ホワホワ・ハッピー・ピピピーピピーでいてね♡♪
　キャハハッピー・ピピピーピピー♡♪」

　それから──
「それでは、さよならですぅ♪」「さよならね♪」「バイバーイ♪」「さようならでごわす」「さようなら〜♪」「さよならだじぇーい」「さようならですよ♪」　７枚のそれぞれから７つの声が響いたかと思うと、コンパース一家のみんなは沖へと向かってフワリフワリと空中遊泳を始めた。
　すると、そのまま海の上空を遠ざかり続け、水平線の、はるか彼方へと進み、見えなくなった。

「行っちゃったね」　ポツリと口にする瑠音──。
「ああ」
「なんだか、 ──急にさびしくなっちゃったね」
「ああ」
　──このさびしさが、子どもが巣立ったときの親の気持ちなのだろうか？
　去年の春の、引っ越しのトラックに乗る僕を見送る両親の姿が、ふいに心に浮かんだ。
「これが、親の気持ちなのかな──」　そう口にした瑠音の脳裏にも、故郷の両親の姿が浮かんでいたらしかった。